「平成22年度 第14回 板橋経営品質賞」を受賞致しました。

この度、学力会が「平成22年度 第14回 板橋経営品質賞」を受賞致しました。

学力会 杉浦 孝宣は授賞式にてスピーチをさせて頂きました。

<スピーチ 原稿>

皆さん、今晩わ 只今、ご紹介頂きました学力会の杉浦孝宣です。このたびはこのような名誉ある賞を頂き、大変光栄に思っております。私どもは不登校12万人、高校中退者6万人を救済するというミッションを掲げ四半世紀にわたり頑張って参りました。素晴らしい可能性を持ったお子さんが、不登校や高校中退に陥り、親も子も何をどうしていいかわからなく、将来の不安を抱えて、うちに来る人は多いんです。そういった方々の不安を取り除き、目標を明示し、励まし、本来、持っているその子の自信を回復させ、生き生きと人生を歩んで行ってもらいたい。と。そんな思いで、今日まで、彼らが社会へ巣立つ第一歩として、学力会を運営して参りました。

私が創業者ですから、この仕事を始めたキッカケをお話しさせて頂きます。 26年前、私は家庭教師のアルバイトをしておりました。団塊ジュニアの高校受験で、高校へ行きたくても、倍率が高く、高校に行けない中学浪人が社会問題になっていました。バイトをやり始め、3ヶ月くらい経って、「あのー 先生は浪人生を教えてくれますか」と、暗く、落胆した声のお母さんから℡が掛かってきました。 「僕は、大丈夫ですよ、大学受験ですね。」と大学浪人だと、勘違いして、受け答えをしておりました。そのうちに、そのお母さん、いきなり、℡口で泣き出し、絞り出すようにこんな事、親戚にも言えないんですが、うちの子、高校に行きたくても高校に行けない中学浪人なんですと。 翌日、そちらのうちに行きました。そこには腰を低くして、頭をぺこぺこ下げて、申し訳なさそうなお母さんが居ました。すぐにその理由が分かりました。中学を卒業して、やる事が無くぐれてしまった茶髪のリーゼントで決めた 不良くんが控えていました。やばい所に来ちゃたなと。思いました。それでも、お母さんが困り果てているので、話だけは聞こうと、聞きました。 要約すると、中3の時、毎月、業者テストが、あり、担任にこんな偏差値だとどこも高校行けないぞと脅され、廊下で会う度に勉強しろよ等と言われ、その担任に対して、無視するような態度をとっていたそうです。とどめは修学旅行で持って行ってはいけないカセット式、ウォークマンを持って行き、ばれて、見せしめとして、水を入れたバケツにそのウォークマンをみんなの前で入れられ、その先生と関係が決定的に壊れてしまったとのことでした。それいらい、その先生に反抗的な態度をとり、高校受験は担任のアドバイスを一切聞かずに、受験して、どこも受からず、また、中学卒業後もフォローがなかったとのことでした。 始めは突っ張りくんだから、勉強しなかったんでしょと一歩引いて聞いていましたが、そういえば、と思いました。これは僕が小学3年の時に保健室登校に陥ってしまったのと似ている。やはり上から目線の、わけもなくカーテンレールの棒を持っている怖い教師がいて、教室には入れなくなり、半年間保健室登校をしていたら、いきなり、全寮制の養護学校に行く羽目になった苦い経験をし、環境を変え、勉強に自信ができ、立ちなおったので、彼の高校行けない不安や悔しさ、他の子が高校に行っている、いいなと思ううらやむ気持ちが、痛いほど理解出来ました。相談が終わる頃には 一番、血が上っていたのは僕でした。「なぁ、君、一年遅れでも良いじゃないか、その担任を見返してやろうぜ、俺が面倒見てやるから」ということになり、翌年の3月都立高校を再受験して、合格させました。それ以来、次から次へと高校進学に不安を抱える方が来たので、朝から勉強を教える塾を開きました。それが学力会です。

それから、チョット経って、産経新聞、NHK等から取材があり、中学浪人に春を呼ぶ先生と報道されるようになり、登校拒否、不登校の対応、引きこもりなど、時代の最先端をいち早くキャッチして参りました。企業努力しなくてもそういう子達が相次いできました。 今日はうちの通信制高校を卒業した野口君を皆さんに紹介したくて、連れてきました今日は来てくれてありがとう。

皆さん、お聞きの通り、彼は不安を抱えて、高校一年の時うちに来ましたが、卒業して、皆さんの前でもキチンと話せますよね。僕はこういう成長を見るのが、何よりも嬉しいんです。 さて、 何かここまでの事を聞くと、順風満帆で苦労してないんじゃないの?と思われる方もいらっしゃると思いますが、今日こちらいらっしゃる社長さんのなかにはあんたは何となく今まで、うまくいっただけじゃないの? と見抜かれてしまいましたから。キッと皆さんおわかりですよね。人生、そんな甘いものじゃありませんよね。山あり、谷ありに決まっているだろと。はいその通りです。26年間のうち16年間くらいは生徒募集、先生募集、資金繰りなど全く無縁でした。講師をやる優秀な学生が次々に私の元に来ては6-7年で独立しました。 10年ほど前から、類似の塾、予備校ができ、生徒減少、主力の先生の独立などがあり、何をやって良いか分からなくなりました。そんなとき、板橋区産業振興課で経営相談等の案内が目にとまりました。電話で応対してくれたのは今は中小企業振興公社にいる森山さんでした。最初に彼はまじまじと僕の顔見て、杉浦様、大変、社会貢献度の高い仕事をされておりますね。何をこの人言っているんだろうと。熱心に経営品質の講習会があるから、来て下さいね。と。成る程、おだてて、講習会に来させるというわけねと思いましたが、板橋の熱意ある経営者と仲良くなる場を頂き、講習会では勉強だけでは無く、東商板橋異業種交流会,pio21経営塾をはじめ、色々な出会いの機会を設けて頂きました。 今日、このような栄誉ある 賞を頂いたのは森山さん始めとした、板橋区の産業振興課、中小企業公社、スタッフの諸君、皆さんの協力があったればこそです。 経営の方は今が谷底からやっと這い上がる時期に来ました。キッカケは経営品質の勉強をする事により、目標ができ、不安を解消させる事ができたのだと思います。知り合った社長さんの中には夜を徹して、諭してくれる人や、いつでも、おまえのそうだんにはのるからなとエールを送ってい頂いている方々がおります。応援している方々がこんなにいる、これは財産であり、この事を生かして、私どもの理想の教育に邁進していきたいと思います。最後にこのような素晴らしい賞をとれて、本当に皆様に感謝したいと思います。ご静聴ありがとうございました。